教室ブログ

何故、韓国語の先生になったのか【理由】

2019年10月17日

チェさんからチェ先生になるまで-
「韓国語」が、あなたの前に
立ちはだかっていませんか?

 

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今、「韓国語」というキーワードで

眉間にシワが寄っていませんか?

 

参考書とにらめっこしながら、

気づけば手が止まっている。

 

ドラマで聞こえてくる言葉や意味が、

聞き取れない、意味が分からない。

 

いざ会話しようとすると、

頭が真っ白になる。

 

こんな「韓国語」での「もやもや」を

クリアな視界に変えて、

安心・快適に

あなたを目的地までお連れする

韓国語の機長!崔庚注(ちぇきょんじゅ)です。

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「家族の期待」に応えることが、
自分の役割だと信じていた

 

 

 

 

 

韓国・ソウル生まれ、

男三人兄弟の末っ子。

 

 

 

 

 

にぎやかで、時に

ぶつかり合うことも多い家族の中で、

私はいつも「空気を読む係」でした。

 

 

 

 

 

おっとりした父と、短気で働き者の母。

主張の強い兄たちの間で、

自分の意見より周りを優先することが

当たり前になっていました。

 

 

 

 

 

兄弟喧嘩

 

 

 

 

 

親子喧嘩や兄弟喧嘩は日常茶飯事。

間に入るのはいつも私の役目でした。

 

 

 

 

 

そんな家庭環境の中、

兄の薦めで車の整備学校へ進学し、

そのままディーラーに就職しました。

 

 

 

 

 

ディーラー

 

 

 

 

 

正直、自分のやりたいことではありませんでした。

それでも「家族の期待に応える」ことが

自分の役割だと思い込んでいたのです。

 

 

 

 

 

でも、心のどこかで

「このままでいいのかな…」という声が、

少しずつ大きくなっていきました。

 

 

 

 

 

 

 

言葉が通じなくても、
お隣のおばあさんの優しさだけは届いた

 

 

 

 

 

その頃、日本に滞在していた一番上の兄が、

私の気持ちを察していたのか、

『日本に遊びにおいで』と誘ってくれました。

 

 

 

 

 

母は猛反対しましたが、

私は渡航申請を出しました。

そして許可が降りるまでの2~3ヶ月、

毎日10時間図書館で

日本語を勉強しました。

 

 

 

 

 

私は兄の言葉はまさに『渡りに船』。

渡航許可が下りるや否や、

兄が住んでいた

大阪・羽曳野市へ向かいました。

 

 

 

 

 

ところが、私が着いた途端、兄が帰国(笑)

「なんでやねん!」と突っ込みたくなりながらも、

突然、一人での生活が始まりました。

 

 

 

 

 

日本語学校に手続きは済んでいたので

「新たな友達を作ればいいか」と

気持ちを切り替えましたが、

現実は甘くありませんでした。

 

 

 

 

 

通っていたのは関西の学校。

教室内では馴染みの標準語で

日本語を学びますが、

一歩外に出れば、

関西弁(大阪弁)が飛び交う環境です。

 

 

 

 

 

まるで別の言語。

 

 

 

 

 

学校の中と外で、話される言葉が全然違う。

大阪弁がさっぱり分からず、

友達を作るどころか、

会話すら上手く成り立ちませんでした。

 

 

 

 

 

アルバイト先の焼肉店でも、

言葉が通じないせいで

オーナーや同僚との

やり取りが上手くいかず、

肘や指でのジェスチャーが頼りの毎日でした。

 

 

 

 

 

肉の部位

 

 

 

 

 

同僚も外国人に慣れていなかったのでしょう。

言葉の分からない私は、

雑に扱われているような気分になり、

気持ちも滅入っていきました。

 

 

 

 

 

そんな時、唯一話しかけてくれたのが、

隣に住んでいた

おばあちゃんでした。

 

 

 

 

 

私の住んでいた地域には回覧板があり、

兄の代から近所付き合いのあった

隣の家のおばあちゃんに、

電気・ガス料金の支払いなど、

生活で分からないことを聞いていました。

すると時々、

何か困ってない?」と

逆に私の家に訪ねてきてくれるのです。

 

 

 

 

 

言葉はうまく通じないけれど、

その優しさが、どれだけ心強かったか。

ほっ」と心が休まる時間でした。

 

 

 

 

 

「もっと日本語を話せるようになりたい。」

 

 

 

 

 

その気持ちに背中を押されて、

学校での会話のボランティアに参加しました。

 

 

 

 

 

 

 

Aさんとの出会い・
まさかのホームでの再会が、
人生を変えるきっかけになった

 

 

 

 

 

日本語の会話ボランティアでは、

Aさんという方が私の会話担当になりました。

 

 

 

 

 

私だけでなく、他の学習生も一緒に

日本語を練習できる場を作ろうと

飲みに誘って交流を深めていく中で

出会ったのが、今の妻です。

 

 

 

 

 

Aさんの都合が合わない時は妻が代わりに、と

少しずつ実践練習の場が増えていき

時々手伝ってもらうようになりました。

 

 

 

 

 

日本語学校卒業後、

妻とは一度疎遠になったのですが

ある日、天王寺駅のホームでバッタリ!

再会したのです。

 

 

 

 

 

天王寺ホーム

 

 

 

 

 

日本語学校を卒業した私は、

ホテルの専門学校に進学していました。

同じ沿線に妻の会社もあったようで、

その日、妻は1本早い電車に、

私は1本遅い電車に乗ろうとした結果、

偶然、同じホームに立っていたのです。

 

 

 

 

 

そこから妻に日本語の試験勉強を

手伝ってもらうようになりました。

反対に妻も韓国に興味を持ち始めたので、

私が韓国を案内する内に、

気づけば友達付き合いが復活していました。

 

 

 

 

そして頻繁に会っていると、

何でも話せて気楽で

気づいた時には、

妻と結婚したいと思うようになっていました。

 

 

 

 

 

 

 

「教える自信なんてない」それでも妻は、諦めなかった

 

 

 

 

 

しかし妻の両親は、

学生という私の立場に猛反対でした。

 

 

 

 

 

2年が経った頃、

「結婚話は仕事を見つけてから」という

妻の両親の言葉を受けて

就職活動を始めましたが、

外国人の滞在期限があり、

一旦帰国することに。

 

 

 

 

 

韓国に戻った私は、

妻との結婚の許可をもらうため、

空港近くのホテルに再就職しました。

 

 

 

 

 

妻の両親の許可を得て、

結婚できたのは良かったのですが、

急いで決めた職場環境が劣悪で

体調を壊して辞めてしまいました。

 

 

 

 

 

「妻の両親には何と説明したらいいのか・・・」

そう自分を責めてばかりいました。

 

 

 

 

 

ディーラー時代のコツコツ貯めた貯金は、

日本語学習や専門学校の学費で使い果たし、

韓国で働く機会も自ら手放してしまった。

また振り出しに戻ってしまったのです。

 

 

 

 

 

妻が食べたいと言った

ドーナツ一つ、

買ってあげられない。

自分が本当に情けないと感じました。

 

 

 

 

 

ドーナツ

 

 

 

 

 

そんな精神的な余裕もない私に、

日本から韓国に嫁いできた妻は、

自身も韓国の両親とのコミュニケーションや

語学学校の宿題に悩みながら

こう聞いてきたのです。

 

 

 

 

 

韓国語を日本人に教える気はない?

 

 

 

 

 

その時の私は、

教える自信はない』と正直に断りました。

 

 

 

 

 

時々、妻が通う語学学校の宿題を

手伝ってはいました。

でも『韓国語』を母国語として育っただけで

韓国語を知らない人に教えるために必要な

体系立てて教える知識がなかったからです。

 

 

 

 

 

それでも妻は諦めませんでした。

 

 

 

 

 

『あなたは先生に向いていると思う!

私が手伝うから一緒にしよう』

 

 

 

 

 

そう言って、

韓国語の教員免許が習得できる大学の

リストを手渡してきたのです。

 

 

 

 

 

 

 

カフェで気づいた—私はあの頃から「教えて」いた

 

 

 

 

 

妻が昔から語学教室を

やりたがっていたのは

知っていました。

 

 

 

 

 

『妻が日本語の先生をするならともかく、

私が韓国語講師をするなんて、逆じゃないのか?

正直、そう思っていました。

 

 

 

 

 

妻は教室開講に向けて、

パートに出ながら

パソコンのスキルを学ぶために

日本に帰国し、

着々と準備を始めました。

 

 

 

 

 

一方で妻自身も、

「私から韓国語を学びたいという人が

本当に日本にいるのか。」という

疑問を持っていました。

 

 

 

 

 

学生時代、私の周りにいた

日本人の友達や知人たちは、

韓国語には関心はないという

印象があったからです。

 

 

 

 

 

でも、妻が募集をかけると

数人の方が来られました。

 

 

 

 

 

自信がありませんでした。

でも、「あなたならできる。私も手伝うから!」

という妻の後押しに、心が動きました。

 

 

 

 

 

「これは大変なことになった」と思いながらも、

妻がくれたリストから

教員免許を取得できる学校を選び、

本格的に韓国語の教え方を学び始めました。

 

 

 

 

 

韓国外国語大学

無事卒業

外大卒業式

 

 

 

 

 

経験を積むために

かつて妻がしてくれたように、

私もカフェで韓国語の会話を

無償で手伝うようになりました。

 

 

 

 

 

 

 

”できること”から始めた教室作り

 

 

 

 

 

カフェに来られるのは、

教室や学校で学んだ経験のない

独学の方が中心でした。

「会話だけでいい。相手してくれたらいい。」

そう言われ、食事代まで出していただきました。

 

 

 

 

 

そうしてカフェで教えているうちに、

ふと、大事なことを思い出したのです。

 

 

 

 

 

日本語学校の中で、

クラスメイトの韓国人に

韓国語で日本語を教えて、

手伝っていたな・・・

ということを。

 

 

 

 

 

そうか!!

皆の言葉の解釈が

正しいかを確認

日本語と韓国語のあいだで

しっくりいく表現

言語化すること

そして会話の軸である

韓国語のルール

やさしい日本語で

分かりやすく解説すること。

 

 

 

 

 

それが私にできること。

 

 

 

 

 

会話を重ねるうち、

学習者がつまづく

ポイントも見えてきました。

 

 

 

 

 

生徒さんの多くが悩んでいたのは

 

 

 

 

 

・言葉が出てこない

・言葉の変換ができない

・自分の言葉で伝えられない

・文にならない

 

 

 

 

 

「韓国語の基礎」を整理して、

みなさんの自信に変えること。

それこそが、

私の役割だと確信しました。

 

 

 

 

 

そこで初めて、

妻が本当に必要としていた

サポートして欲しかった

根本的なところ

にも気がついたんです。

 

 

 

 

 

そして、覚悟が決まりました

 

 

 

 

 

生徒さんが本当に困っていたのは、
「会話」じゃなく、土台の「軸」だった

 

 

 

 

 

いざ教室を開いてみると、

スポット学習を重視される方が

多く来られました。

 

 

 

 

 

知りたいことだけ聞きたい。

ドラマでのあの言葉の意味は?

こういう時はどう言うの。

フレーズさえ言えればいい。

 

 

 

 

 

でも、いざ会話になると、

 

 

 

 

 

– 自分から切り出せない

– 頭の中が整理できず、文章が作れない

– 相手の話を聞き取ることに集中できない

– パッチムの読み方が分からず固まる

– 緊張で頭が真っ白になる

 

 

 

 

 

固まるポイントのほとんどは、

「こういう時どう言うんだっけ?」という

韓国語のルール

表現の違い」部分でした。

 

 

 

 

 

学習者の望む所だけを

レッスンしていても

自身で文を組み立てられず

会話がうまくいかなかったのです。

 

 

 

 

 

あなたの眉間のシワを、笑顔に変える旅に出ませんか

 

 

 

 

 

だからこそ、ルールの根っこである

基礎部分(土台)

しっかりインプットし、

練習を繰り返し深く理解し、

生徒様の中に定着させてから

アウトプットにつなげていく。

 

 

 

 

 

理論的なルールは難しく感じないよう、

できるだけ噛み砕いて分かりやすく。

妻が私に日本語を教えてくれた時のように

実践に会話へと落とし込んでいく。

 

 

 

 

 

これができれば、

相手の話を理解でき、

話の意味意図も掴める。

会話の基礎となる軸」を持てるはず!

そう確信しました。

 

 

 

 

 

根本的な解説は、

分かりやすい日本語で

織り交ぜていくため、

妻と一緒に

・日本語からの視点

・韓国語からの視点

の両方をレッスンに取り入れ、

調整していきました。

 

 

 

 

 

今でも二人で授業の台本を書いては見返し、

書き直す作業を積み重ねています。

生徒様の韓国語にムラができないよう、

台本は常に最新版です。

 

 

 

 

 

その結果、

 

韓国の友達と話せました

 

コンサートの MCで、

みんなと一緒に笑えるようになりました!

 

最初は緊張したけど、今は

行きたかった所にあちこち行って遊んでいます

 

そんな嬉しい声を頂けるようになりました。

 

 

 

 

 

「ん?」となるポイントには、

かならず

解決できる糸口があります。

 

解決の糸口

 

 

 

 

 

過去に習ったことと、

今習っている間で

もつれてしまった箇所を見つけ、

解いて、整理して

一緒に目的地まで

安心・快適にお連れします

 

 

 

 

 

今、一人で困った顔になっていませんか

 

 

 

 

 

本やネットやアプリにAIなど・・・

「これとあれが言うこと違う」

あれこれ調べて、

睨めっこしたまま

止まってしまっていませんか

 

 

 

 

 

一人では気づけない“つまずき”を、

みんなと共に

一緒に見つけて、整理して、

楽しく前に進みましょう。

 

 

 

 

 

だれでも最初は「はじめて」から

全く初めての方も、

少し取り組んだ方も気軽に

無料体験会にご参加下さいね。

 

 

 

 

 

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無料体験へ是非

 

 

 

 

 

韓国語教員免許証

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